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自然が一番だとは思うのだが・・・。 [日記]

姉からメールが届く。

タイトルには「考えたくなくても考えないといけないこと」とあった。

先日、定期的な父の通院の際に主治医の先生から言われたそうだ。

「もしもの時に延命措置を講ずるか否か、ご家族で相談して、決めておいた方がいいでしょう・・・」と。

もともと嚥下障害で固形物はほとんどとれなかったようだが、ここにきて流動食でも喉を詰まらせ咳き込むことが多く、三度の食事は取れない状況であるらしい。

それに伴い肺炎の数値があがってるとも。

先生や看護士やケア担当の方々から「胃ろう」を勧められたりもしたが、本人は拒否しているようだ。

胃ろうの処置をしても、消化されなかった食べ物が逆流して肺炎をおこすこともあるらしい。

だけど、こういう場合の決断は非常に難しいものがあるな。

家族みんなが同様に考えていれば問題ないのだが、一人でも反対者がいると、後々関係がこじれる原因になるのではないだろうか?

特に人の命が関係しているならなおさら。

幸いうちは資産はないので、そちらの問題は起きなさそうだが。

いずれにせよ、人間が判断できないことは、自然の摂理にまかすほかはないんだろうな。

いきつくとこはそこだと思いたい・・・。

真如堂

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散りてなお 心まよわす 楓かな
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杉山陽一

親父は30年弱前に「咽頭癌らしい、だけど声を失いたくないので手術はしない。このことはお前以外には秘密だ。」と言ってから10年後に闘病生活もしないまま頭が正常な状態で死にました。母も3年前、前日までドイツ語講座に通い翌日88歳で死にました。
人間は本来、頭の死より体の死が先に来るのが自然なのであって、医療技術の進歩だけで「体の死」だけを長引かせるのは不自然だと思います。
トラさんの言われるように「自然の摂理にまかす」のが最も本人はもとより近しいひとにとってもしあわせなことではないかと思います。
妻は10年前、父親の延命治療を認知症の母に代わり自らの判断で断り、偶然にも妻一人で義父の最後を病室で見送りました。
トラさんのお父さんのご安泰をおいのりいたします。
by 杉山陽一 (2017-01-21 00:50) 

tora

杉山さん、
コメントありがとうございました。
身体と頭(意識)の関係、すごく腑に落ちました。
そうですよね。
不自然はやっぱり駄目ですよね。
ありがとうございます。
by tora (2017-01-23 07:05) 

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